「勝野式 医学博士の低反発円座クッション」「ひざ軽さん」「勝野式 アーチケアスニーカー」など、次々ヒット商品を生み出している「勝野式」の勝野先生とはどんな人?
というわけで、インタビューしてまいりました!
A:
愛知県瀬戸市です。瀬戸は瀬戸物が有名で、陶磁器で成功している人が多く、お金持ちが多い所なんです。うちは違いますけどね(笑)。
Q:
では、勉強の方で目立っていたんですね(笑)。初恋の女性はどんな人でした?
A:
自由な校風の中学・高校一環校で、能力別でしたが勉強しない人でしたね(笑)。
A:
小学校の卒業文集に、将来の夢は「医者」と書いていたみたいです。
A:
野口英世などの伝記を読み、漠然と世のため人のためになりたかったからです。
自分自身は病気したことないし、縫ったこともなく健康優良児だったので、どちらかというと、今はないけれど当時の病院の消毒液の匂いが嫌いでしたね(笑)。
A:
医学部卒業前、医局周りをしたときに、最初に耳鼻科で耳が半分ない人のガーゼ交換を担当したことで、自分はこういうことより手術や生死に関係ない体育会系がいいと感じたからなんです。
Q:
先生は、ハーバード大学のボストン子供病院に留学されていますが、留学先では、どんな思い出がありますか?
A:
90年〜92年にハーバードといっても、病院の職員として働きました。自由な雰囲気で、自分で計画を立て実行して、ボスに報告するという感じでした。大変なことといえば、情報収集に時間がかかって大変でしたね。
楽しかったことといえば、日本人の同僚もいましたし、いろいろな所へ遊びに行ったことですね。当時は湾岸戦争のころで、戦争特需というのか、航空運賃がかなり安くなり、アメリカからヨーロッパへよく行きました。2万円くらいで行けましたからね。ボストンからフロリダにもよく出かけました。
A:
医学的に根拠のある商品を世の中の人のために提供し喜んでもらいたい。
Q:
「勝野式」がメジャーになりつつありますが、どう思われますか?
A:
うれしいですよ。遠くから「使ってよかった」と電話や手紙が来るとよかったと思います。
Q:
高齢化社会を迎えるに当たって、高齢者にアドバイスがあれば教えてください。
A:
病気にならないように普段から心がけることが大事です。なるべく病院にかからないように。そのために「健康グッズ」をうまく使いましょう。(笑)